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2019-03-09

3/10 プロゲーマー梅原大吾が語る「先駆者として、挑戦者として」

https://www.nhk-cul.co.jp/programs/program_1166817.html
プロゲーマーのウメハラ選手が、3月10日(日)15時~16時30分にNHK文化センター梅田教室にて、「先駆者として、挑戦者として」という題目の講演を行います。

現地での聴講は早々に満席キャンセル待ちとなっており、TwitchのBeasTVチャンネルでも講演の模様が配信されるとのことです。
毎年恒例となっているウメハラ選手の講演会。今回は一体どんな話が聞けるのか、非常に楽しみです。


配信URL
https://www.twitch.tv/DaigoTheBeasTV

ウメハラ選手のNHK文化センター講演まとめ「本当に好きだと思えるものを見つけたら、どんな障害があってもやる。自分の本心を押し殺して生きることは良くない」

「ゲームに飽きたと言う人は、成長しない自分に飽きたのをゲームのせいにしている。」プロゲーマー・ウメハラ選手の、慶應丸の内シティキャンパス講演アーカイブ





配信アーカイブ
https://www.twitch.tv/videos/393237890

簡易まとめ

【テーマ選ぶについて】
・話す内容がないので、担当者に何がいいか聞いたら「先駆者として」というテーマを貰った。
・「先駆者として」というテーマだと話せない。プロになってからは苦労していないから。30代は10~20代に比べてトントン拍子だった。苦労していないと言葉が軽くなってしまう。苦労していないと言葉に説得力が宿らない。
・今回の題目と違うテーマ探しから今回の講演の準備が始まった。どんな話なら出来るのか考えた。
・「成功者として」というテーマはダメ。プロゲーマーがない時代からたまたま運で成功できた。家から石油が湧いて金持ちになった人に、どうやって金持ちになったか聞いても何も参考にならない。
・「格闘ゲーム」もダメ。語る資格はあるけど、場に相応しくない。
・そう考えていくと、話すことがない。講演の内容を考えるのがいかに大変か伝わったら嬉しい。
・2度目の講演、人がたくさん来ると、何かしら面白い話ができないか考えてしまう。いい暇つぶしになったらいいなと思ってくれたら合格点かなという視点で考えた。
・人の講演に行ったらどんな話が聞きたいかな?と考えてみることにした。いくらうまくいった人でも、こういう方法で上手くいきましたでは聞きたいとは思わない。その人が今まで苦労した話や努力して克服した話の方が個人的には聞いてみたい。
・「苦労した話」にすることにした。
・人の目がとにかく気になって苦しめられた10代、20代だった。どうやって変わっていったのかが講演のテーマ。

【講演におすすめの内容】
・講演は実用的な話をするのがいいと思う。自分の得意な話をすると聞いた人も満足。
・波動拳とか昇竜拳の入力の話をしても満足する人は少ない。


【明かされる少年時代】
・若いことはとにかく人の目が気になった。
・子供の頃はクラスの人気者でリーダー的な存在だと答えるようにしていたけど、嘘じゃない。
通信簿にも、先生のコメントで毎回クラスの人気者とか授業中に奇声をあげるとか書かれてた。
・でもそれだけだと説明が足りない。当時、人気者になりたい奴だった。色々と工夫して努力してた。そのことを忘れていた。
・わざわざ努力して人気者になろうとする奴が人の目を気にしていないはずがない。
・中学生くらいになると状況が変わった。ゲーセンに毎日通うようになって、それまで一番上だったヒエラルキーがランク外みたいになった。これもよく考えたら違う気がしてきた。思い出してみると、行く前から距離が出来てたことに気づいた。
・小学校の頃はみんなが楽しい事と自分が楽しいことが一緒だった。中学生になると異性や将来の事に興味がわいて、楽しい事やふざけたことでは満足できなくなった。そうなるとリーダーとしてみんなが満足するものを提供できない。今の立場を維持しようと考えたらみんなが興味を持っていることに自分を合わせていかないといけないと気づいた。
・結論としてはそれができなかった。やらなかった。
・やりたくもないことを好きなふりをしてやると、自分の人生で大事なことを失う気がして人気者でいる事は諦めた。
・放っておいても立場が危うくなるのは耐えられなかった。負けたんじゃなくて、自分からリーダー争いから身を引いたと自分自身に思わせるためにゲーセンに異常な頻度でいき始めたんだと、当時の事を思い出して37歳で気づいた。
・自分には嘘をつかない奴だと思ってたけど、そうではなかった。自分をごまかしてプライドを守ってた。そういうことをこれからも発見していけば、人生が味わい深くなるいい発見だと思った。

【自分を変えたきっかけ】
・ゲーセンに通いだして以降は、人の目を気にすることに拍車がかかった。バス停に勉強が出来てサッカー部の同級生がいた時は、変な奴だと思われてるんじゃないかと思って顔を合わせたくなかった。
・何が恥ずかしいのかわからなくなった。話し方も歩き方も全部変に思われてるんじゃないかと思った。そいつがいる時は隠れて、いなくなったらバスを遅らせてゲーセンに行ってた。
・自分が行っていい場所、交流していい人など世の中を狭めていた。
・窮屈な人生を脱出するために考えて、俺には武器がないと思った。ゲームの中で通用する価値じゃなくて、世間で通用する武器。仕事でも人脈でも体力でもお金でも何でもあれば、堂々としてられる後ろ盾がないと思っていた。
・その考えが変わるきっかけがあった。20歳くらいの時に、バイト先の飲食店で、毎朝顔をあわせるおじさんがいた。そのおじさんに毎朝大きな声でおはよう!と挨拶された。そのおじさんと顔を合わせる人の中には偉い人もいたけど、誰が来ても声の調子が変わらなかった。
・当時は自分の事を公平に扱ってくれる大人がいなかった。おじさんは自分の事を知らないのもあったけど、一人の人間として一人前に扱われている感じが嬉しかった。
・だんだんそのおじさんのことが、どうしてあんなに明るく堂々としてられるのか気になり始めた。
仕事は若者が憧れるような仕事でもないし、いい年なのに何が彼を堂々とさせているのかと思った。
自分が必要なのは生身の自分を変えていかないといけないし、生身の自分が変われば他人に見せる外側が堂々と生きれるんだなと思った。
・それで武器とか防具がなくても、堂々とふるまえる人間になりたいと思ったのが20歳くらいの時。
・訓練を始めたのがその3年後くらい。それまでの人間関係があったから急に変わるのも恥ずかしかった。麻雀の世界に行って人間関係がリセットされるから、ここだったらなりたい人間になる努力を始めやすいと思った。雀荘から変わろうと思った。人の目を気にするのをやめる努力が始まった。


【人の目を気にすることのデメリット、気にしないメリット】
・20歳くらいの時に、当時のバス停で隠れた相手とばったり会った。世界チャンピオンなんだってすごいね!と言われた。当時、本心で言ってくる人はいないと思った。
そんなことないよ、ゲームなんてもうやってないし・・・と嘘まで言ったら、ゲームでも何でも世界一になるまでやったことがすごいよと言われた。
話を聞いてみたら、挫折があったらしい。進学もサッカーも思い通りにいかなかったらしい。中途半端になって後悔してそうだった。
・自分もどうしてゲームなんかやっちゃったんだろうなと後悔してた。大学卒業して就職した方がいいと思ってたので響かなかった。
・彼が挫折したころと自分が世界チャンピオンになったのが同じ時期だった。ゲーセンに通う自分を見て何をやっているんだろうと思われてたと思う。でも自分が上手くいかないなという時に、内心バカにしてたアイツみたいなのが、本気になってる奴なんだろうなとハッとしたんじゃないか。
彼も学校で浮かないように立ち回ってた。
・俺は人の目を気にしてたけど、世間の目と戦ってたんだなと分かった。
・人の目を気にして生きることのいいところ、悪いところを考えた。
いいところは、1個しか分からなかった。目立たず上手く立ち回れば、今あるもの、人間関係や立場を維持するだけならそっちの方がいい。
・人の目を気にしてマイナスになることの1つは、サッカー部の彼が中途半端になったように、何か本気でなりたい欲しいという時に人の目を気にすると手に入らない。世の中にはそれでも手に入る人もいるけど、確率はぐっと下がる。
2つ目は、人生が窮屈になる。金があって人脈があって何でもあっても人の目を気にしていたら台無し。
3つ目は、自分が先駆者としてやっていくうえで意識してたこと。伝えるということ。何かを伝える時に、自分をよく見せようとか人の目を気にしてたら、伝わらない。
講演も喋りも素人の自分が、2回も同じ場所で講演をさせてもらえるのは、思いが伝わったからだっと思う。
・若い頃におじさんと出会って変わったことが、プロになって花開いた。
・いいとこだけ見せて輝かしい話だけして、取り繕った自分になっても、流行り廃れで失われてしまう。プロゲーマーは自分にとって最初で最後のチャンス。子供の頃の過ちは繰り返さず、綺麗ごとを言わずに受け入れられたら、寂しい残念な思いをしないで済むんじゃないかと思ったから今がある。
・あのおじさんに比べたらまだ人の目が気になる。でも酷い時に比べたらましになった。
・人の目が気になる人は、気にしない努力をしてみたらいい。全然人生が変わってくる。


【その他、質疑応答】
・子供の頃に腕相撲が強かったのが、ゲームをやりだして弱くなったから逃げてた。それで逃げられなくなって負けた時、なんて惨めなんだと思った。二度と逃げないと思った。チャンピオンが挑戦から逃げる姿はみっともない。キャラ差がなければ受け入れる。
・なぜ一旦あえて下がることができないのかというと、他人の評価が気になるから。負けてる姿をさらしたくないから。欲しいものやなりたいものがあるなら、人の目と戦わないといけない。
人格が歪むくらい人の目がきつい子供時代だったからこそ、37歳でここまで人の目が気にならなくなったのは早い方だと思う。
・Q.苦手な人との人間関係は?
雀荘時代、最初の頃は嫌がらせしてくる人がいた。勝ち始めるとそういう事を言ってくる人がいなくなる。
その時は麻雀の世界でやっていくと決心しているから、嫌だなでは済まない。
その嫌な人が、なにかしら自分にプラスがあると思いこませるようにしている。
「ウメあれはおかしいよ」とか、何言ってんだコイツと思うけど、『何がいけなかったんですか?』と聞くようにしたらなんだコイツかわいい奴だなと思われて本音を話してくれた。
先輩として舐められたくなかったんだなと思った。嫌な奴だなと思うほど、自分から聞いていくことにした。
皆が嫌ってる人ほど話しかけてくるようになった。
・30分前に出社するかしないか、有休を取るか取らないかでは、可愛がられるのは分かってる。
なりたいものがあったら、可愛がられていては、自分のやりたいことを抑えていられなくなる。
上司からなんだコイツと思われても、実力が伴うようになれば、やるべきことはやってるから休ませてもらうとなればいい。
・伝えたいことは伝えてきた。普段は多くの人に何かを伝えようという気持ちはない。講演の機会がなければ伝えたいという事はない。今回の人の目を気にしない話のようなことは、珍しく皆さんに考えて貰いたいなと思った。
・ものの考え方の影響を一番受けたのは父親。ゲーセン通い以降は、ゲーセンや麻雀時代で学んだ。
人生1回だからという気持ちがある。自分にとって重大な間違いがあったらすごく嫌だな、人のまねをして間違えたくないという気持ちがある。
間違ったまま生きるのが恐い。そういう危機感がある。
・深く思考できるようになるコツは、今回の講演のテーマを決めるのに似ている。分からなかったら見る角度を変える。自分が向き合っているものに、一方向からだけだと分からないし、別の角度から見る癖がついている。今分からないことを簡単にする。話せることって何かな?と考えて、昨日の晩飯とかはさすがに話せない。聞きたい話は何かとか、角度を変えて正しいか分からないけどこれでいいやという結論を出す。自分の中の世界を楽しむような感覚でいい。
・海外での大きな失敗は、パスポートと財布をなくしたことが2回あった。スウェーデンと台湾、台湾のときは返ってきた。
・ゲーセンという居場所がなければいまだに社会復帰できなかったかもしれない。ゲーセンへの感謝は人一倍ある。色々な事を学ぶことが出来た。
ランプが好きな人がどうやってランプをなくさずにいられるかランプ職人に聞いても分からない。
なくなる時はなくなる。eスポーツも格闘ゲームもいつかはなくなるので、あるうちに味わっておくべき。
・今回の講演は、マネージャー経由で話を貰って最初は断った。食い下がられて、受けない理由って大変だからやりたくないんだと思った。あんなに全力を尽くすと言ってたプロなり立ての自分が聞いたらどうしようもない奴だなと。大変だからやらないのは調子に乗りすぎだし、いつまで出来るか分からない仕事なので初心に帰って受けた。
・中学時代に自分が影響力がある時に嫌な思いをしている人がいたと思う。だから影響力がなくなってきた時に、うざってーから距離を置こうという事になったと思う。嫌な奴だったんじゃないかと思う。
その時の恐怖があって、もし自分が間違っていることをしていたら言って欲しい。
でもゲーセンに行くと勝つから自分に意見が言えなくなるというの繰り返しあった。
裸の王様みたいになるのが恐怖。どんなにムッとすることでも年齢に関係なく言って欲しいし、ありがたい。